2008年12月13日

パリところどころ

シルヴィ・ヴァルタンのCDを買った。彼女の初期の作品がCD化されていて、迷いに迷って、いちばんジャケット・デザインの気になる一枚を選んで買った。

本当のことを言えば、ボクはシルヴィ・ヴァルタンのファンではないし、知っている曲といえば「アイドルを探せ」くらい。それでも現代の耳には少しシンプルすぎる、などと思ったくらい。あ、あと「あなたのとりこ」はCMで使われていたから皆さんも知っているはず。

フレンチ・ポップスの最大の魅力は、フランス語の響きそのものだ。ポップスといえば英語で歌われる、という先入観があればこそ、フランス語の独特のアクセントはエキゾティックな美しさを増す。

ジャケットに魅かれて買ってしまったシルヴィのCDは、正直あまり良い内容ではなかったけれど、一曲だけ素晴らしい歌があって。それは「カミン・ホーム・ベイビィ」というジャズ・シンガーのメル・トーメのヒット曲のフランス語でのカヴァー。

モッドな人が好むであろう軽快な曲だが、あまりリズミカルとは言えないフランス語の詞をシルヴィが一生懸命にアップテンポで歌いこなそうとする。そこには情感とかニュアンスというものが欠落してしまっていて、これが男性のヴォーカリストならただ単に一本調子のスカンピン・ウォークと片付けてしまうのだが、これがシルヴィのように可愛い声の持ち主だと、むしろクールな印象に聴こえてしまう。
フレンチ・ポップスに魅力を感じるのは、そんな瞬間だったりする。

思えばフランス・ギャルにしてもフランソワーズ・アルディにしても、アンニュイなどというのではない、ただぶっきらぼうで怒ったような歌の表情を、ボクは好んで聴いていた。フランス・ギャルは、アイドル・ポップスとして世界最高峰の形。いまさらゲーンズブール追悼。アルディは『ジン・トニック』というアルバムがお気に入り。大きくドアを開けた空の冷蔵庫にすっぽりと座り込むアルディ。黒いTシャツとペインター・パンツふうのジーンズ。ハイヒールは脱いで、冷蔵庫のストッカーに押し込んである。いつものように無表情なスタイル。ひどく涼しげなポートレイト。少し無駄話。

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だいぶ前に聴いたことのあったMCソラールとかいうフランス人のラッパーは、小気味良いほどフランス語をパーカッシヴに操っていた。

字余り、字足らずのシャンソンを、懸命にビートに乗せようとしていた六十年代のアイドルたちの、フランス語との格闘時代はそのときようやく終わった。なんてことは、ひとつも思ったことはないけれど。



空耳アワーでの、シルヴィ・ヴァルタン。
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2008年12月08日

Cry Baby Cry

多くの人が、そうであったように。ご多分に漏れず、自分も高校の頃にビートルズを聴き狂った。

ある古い友人からダビングして貰った『アビー・ロード』のカセット・テープ。レンタルCD屋で借りてきた『ウィズ・ザ・ビートルズ』。初めて買ったビートルズのアルバムは、たしか『パスト・マスターズ』の黒いヤツ。「抱きしめたい」が聴きたくて買った。「レヴォリューション」の激烈なファズ・ギター。『ホワイト・アルバム』ばかり聴いて、ロックを、知ったような顔してた時期。ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン。

あれほど聴きまくっていた頃から、もう随分たつけれども、いま手元に残っているCDは、何故か『リボルバー』と『ホワイト・アルバム』のみ。赤盤も青盤もない。『ウィズ・ザ・ビートルズ』はレコードで残っていた。いつ買ったのだろうか。記憶があやふや。

その代わりに、ジョン・レノンのソロ・アルバムが家には五枚あった。
好きなのは『ロックン・ロール』だけ。あとのはそんなに聴かないのにね。むしろ、今はポールのソロをよく聴く。『ラム』はオススメ。



曲は「インスタント・カーマ」。ヨーコさん、何をやってらっしゃるのかしら?

ジョン・レノン、バカな平和主義者。真心が歌ってたっけ。あなたの声は優しいよ。
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2008年10月02日

くよくよするなよ

不滅の男、言音一致の純音楽家、遠藤賢司さんの『満足できるかな』を聴いています。
満足できるかなniyagoHARD FOLK KENZI

ここ最近、家の近くのコンビニには、なかなかルックスの良いトラ猫が居座っています。あるときは店の入り口近くに。あるときは駐車場の隅っこに。猫は黙って腰を下ろしています。人はそんな猫の姿を見て、心を和ませたりときめかせたり。どこかの飼い猫なのでしょうか、とても人間に慣れているご様子。ボクなども仕事帰りの買い物がてらに少しだけ、なでなでしてあげるのですが。しかしながらこの猫、少しすると面倒くさそうに目を細めるやいなや振り返りもせずにさっさとどこかへ行ってしまう。
猫の心、人知らず。

エンケンさんは無類の猫好きとしても有名な人?でありますが。例えばデビュー・アルバムの『niyago』のジャケットには若き日のエンケンさんと猫が。05年のアルバム・タイトルは『にゃあ!』。
そしてもちろんエンケンさんの歌には猫の歌が多いのです。「猫がねむってる」「きみのこと好きだよ」「猫と僕と君」「ムーン・ライト」などなど。『満足できるかな』にも例えば「カレーライス」では猫もカレー好きだと歌われ、ウクレレで歌う「寝図美よこれが太平洋だ」。当時の飼い猫に寝図美と名づけるセンスの良さ。曲の感じはタイニー・ティムの影響なのでしょうか。
いわゆるメッセージ・フォークとも四畳半フォークとも違う、エンケンさんならではの詞・曲・歌。

tapestry名前をつけてやるBENT FABRIC
思いつき猫ジャケ。ピアニスト、ベント・ファブリックのアルバム『アレイ・キャット』は思いっきりドアップの猫ジャケ。妙な威圧感。内容は映画「スティング」の世界のような。ポール・ニューマン追悼。スピッツの『名前をつけてやる』には歪んだ猫が。得も言われぬ愛らしさ。「ミーコとギター」という曲が入っています。言わずと知れた、キャロル・キングの『つづれおり』にも猫が。ちなみに『ミュージック』には犬が。ユーヴ・ガット・ア・フレンド。

「猫も犬もそうだけど、尻尾をバッと上げて肛門をズバーンと見せてるじゃない。ああなりたいよね!俺はこうなんだ、ってズバーンと見せる」


「満足できるかな」。エンケンさん、還暦プラスワン。泣きました。
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2008年09月10日

COOL&QUIET

『真夏の夜のジャズ』という映画があって、去年の夏にヴィデオで手に入れてからは何度も観直していたのですが。

まるでゼリーのようになめらかな、ブルーと白、赤で構成された海。明るく揺れる水面に浮かぶヨット。『真夏の夜のジャズ』は、こんなふうに涼しげな夏のけだるい午後のスケッチから始まる。

ファッション・カメラマンのバーン・スタインという人が撮った、58年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルのドキュメンタリー。いわゆる音楽映画と名づけてしまうにはあまりにも美しく、お洒落な映画。
スクリーンにあらわれる人や風景、どれもがとてもスタイリッシュに撮られている。

まず、ステージにいる人たち。
ジミー・ジュフリー・スリーの淡々とした演奏ぶり。こちらもクールに、しかしどこかいびつなピアノを聴かせるセロニアス・モンク。黒のキャプリンを被り、上品に愛想を振りまくアニタ・オデイ。赤のブレザーを着込み、快適にブロウするジェリー・マリガンのカッコ良さ。
他にもダイナ・ワシントン、ガサツなチャック・ベリー、笑かしてくれるサッチモ、圧巻のマヘリア・ジャクソン。どれもが素晴らしい。

そしてこの映画を観て、聴きたくなるレコードが何枚かある。

サックス奏者のリー・コニッツが盲目のピアニスト、レニー・トリスターノと録音した『サブコンシャス・リー』というアルバム。リー・コニッツの清らかで端正なアルト・サックスのきらきらとしたフレーズ。
壊れやすいがゆえの、美しい輝きを見つめている瞬間の儚さ。静かに耳を澄まして聴いてしまう、かけがえのない時間。

ジャズ史上におけるマイルス・デイヴィスの偉大な足跡なんかはまったく興味はないのだけど。
『マイルス・アヘッド』というアルバムは大好きなレコードだ。『真夏の夜のジャズ』を彷彿とさせる美しい女性のジャケット。重さのないビッグ・バンド・スタイル。なんと十九人編成。どこか浮世離れしていて軽い音。『クールの誕生』、は九ピース。ジェリー・マリガンはこの九重奏団に参加している。

そしてチェット・ベイカー。『シングス』に『シングス・アンド・プレイズ』。「レッツ・ゲット・ロスト」という曲から連想するのは、夏の夕暮れのなんだかけだるい、甘美な香り。毎日続く青空が、少しだけ憂鬱になる時間。どこか陰のある青白いハンサム。繊細なトランペット・プレイ、表情のない声で歌う「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」、しかしときおり胸をしめつけるささやき声は、この夏のヴィンテージになったのかなんなのか。
lee konitzmiles aheadbirth of coolchet baker singschet baker sings and playsgerry mulligan/shorty rogers
クール・サウンド。クール・ジャズ。そう呼んでしまっても差し支えないのだろうか。
カテゴライズしてしまうのも、なんだか好ましくないような。

そしてもう一度『真夏の夜のジャズ』を観直す。
スウィングしていても決して熱くはならないウエスト・コースターたちのプレイ。そしてそれに聴き入る聴衆たちも、とても礼儀正しく爽やかで、それでいて退廃的だ。
明るい光の中、まぶしい夏の日差し、過ぎ行く夏を見送りながら。

それはまるで何かをあきらめてしまっているかのようだ。
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2008年09月08日

After Hours

リッキー・リー・ジョーンズのファースト・アルバムを買ったのはいつの頃だったか。

以前働いていた、とある街の小さなCDショップ。そこで一日中流していたMTV。とある平日のまだ静かな午前中、あるいは店を閉める時間帯。流れるのは彼女のデビュー曲「恋するチャック」

映像は何気ない演奏をただ映しているにすぎない。そして彼女の歌はチャーミングで、どことなくアンニュイで、どこかヒーリング効果があるというか。
彼女の歌いぶりは、既にファースト・アルバムからはっきりとスタイルが確立されていたのでしょう。聴き手のボクの方がそのスタイルに対して鈍感でしたけど。

よい曲もあれば退屈な曲もある、などと思っていて。

そのときに購入して、しかしロクに聴かずに売り飛ばして、しばらくして結局買い直したのはレコード。また繰り返し聴いています。江橋くん、ありがとう。

そう、彼女は素晴らしいシンガー・ソングライターであり、また素晴らしいヴォーカリストでもあります。

91年に発売された『POP POP』というカヴァー・アルバム。タイトルのわりに、いわゆるアフターアワーズ的なジャジーなトーンがメイン。そしてこのアルバムを聴いたときに、彼女が強烈にスタイルのある歌手だと改めて認識、いやそこで初めて知ったのかもしれません。

それともう一枚。83年の『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』。有名なタイトル曲にはたくさんのカヴァー作品がありますが、彼女のカヴァーをベストにあげられる方は結構いらっしゃるのではないのでしょうか。なんてまた勝手な思い込みですが。トム・ウェイツの作品も素晴らしい。
pop popgirl her volcano

彼女は今も健在である。ボクが聴いた一番新しい作品は03年にでたもの。そこでも素晴らしい歌い方は変わらない。そしてよい曲もあれば退屈な曲もある。そんなところも。
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2008年09月01日

笑って許して

9月です。新学期スタート。まだまだ暑い日は続くとは思いますが。
過ぎ去りし夏の日々。人生の夏。大人の音楽ガイド。

MUSIQUE『KEEP ON JUMPIN』。12インチ。夏といえばディスコ。ジャケが素晴らしいのでギャグで買ったらすごい良くて。後から気付いたらプロデューサーはパトリック・アダムスというディスコの有名な人でした。ジョセリン・ブラウンがヴォーカルで参加。ダンス。

『海のトリトン』テレビのサントラ盤。手塚治虫の海洋ファンタジック・アニメーションの決定版。子供の頃に見た記憶なし。ナレーションの洪水。一曲だけ奇跡のレア・グルーヴ「海の牢獄」収録。編曲を手掛ける鈴木宏昌氏はたしか著名なジャズ・ピアニスト。

スクエア『メイク・ミー・ア・スター』。Tスクエアの前身バンド。かつてテレビのヴァラエティ番組なんかでよく使われていたBGMの数々。仙波清彦氏、マイケル河合氏がメンバーだったという事実に驚き。他に語ること無し。ジャケの健康的な水着のお姉さんが素晴らしい。裏ジャケ。

加山雄三『太陽の恋』。やはり全編に渡って弾厚作ワールド。しかし一曲だけ若大将のスキャットをフィーチャーした素晴らしいジャズ・ボッサ収録。ゲイリー・マクファーランドみたい。横内章次クィンテットのナイス・ジョブ。すごいな、この空の色。

江利チエミ『チエミの民謡集』。夏といえば民謡。東京キューバン・ボーイズがバックをつとめた50年代後半録音の民謡ジャズ10インチ盤。「おてもやん」のキューバン・スタイルが渋い。そしてスウィング・スタイルの「相馬盆歌」がキラー。

田代みどり『パイナップル・プリンセス’71』。59年のデビュー曲を自らセルフ・カヴァーした常夏ソング。アネットにも負けていない。なぜかスパリゾート・ハワイアンズに行きたくなります。ただいま高額盤。たぶん。

レイ・テラス『ホーム・オブ・ブーガルー』。何者かまったく不明の謎の楽団。モータウンのり、唸るハモンド、女声コーラスという具合。コマーシャル寄りのラテン・ソウル。しかしそのインチキっぽさ、危うさは本物以上の全曲ダンス過熱狂興奮アルバム。ヒア・ウィー・ゴー・アゲイン。

字数は尽きた。ということにして。つづく。
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2008年08月16日

美しい夏

お盆休み。里帰り。終戦記念日。は15日。戦争反対。スネークマンショー。暴力温泉芸者。

夏だというのに、最近は熱い緑茶を飲むことが多い。なんて。もし、いま住んでいる家の近所に有名なお団子屋さんがあったとして、そこの豆大福と水羊羹を買うことが出来た日には、熱いお茶も格別でしょうね。行っても売り切れ、ということがときどきあって。まあ、老舗とはそういうものなのでしょう。蝉の声を聴きながら、新茶を飲む午後のひととき。

蝉の声も、レベル小さめのときは良いのですが、夜が明けて、もう黄色い太陽光線が容赦なく射してきたときに、かなり近い距離でフルヴォリュームで始まると、ちょっと疲れたカラダには堪えますね。

そうそう、夏といえば、海。聴こえる遠い海の音、あなたが弾くギターの音も。という歌がありましたっけ。遠い潮騒の音ほど人間をリラックスさせるものはないですね。しばらく耳にしていないなあ。って誰の歌でしたっけ。

ふだん身近に聞く音で、ボクがいちばん好きなのは、LPレコードの片面が終わった後の、いわゆる周回ノイズ。買ったばかりのレコードの内周を、ダイアモンド針が静かにトレースしている「無音」の音は、自分にとっては遠い潮騒に近い、意識の中で甘美な記憶とつながっている、そういう類いの音なのでしょう。気が付けば、眠ってしまって30分も小一時間も廻しっぱなし、ということもしばしば。これまた思いきりリラックス、するのです。ズボラの証明、みたいな話ですが。

ただいま、バンドの練習から帰ってきて、ボクは真夜中、久しぶりにターンテーブルに載せたライ・クーダーの『チキン・スキン・ミュージック』のA面の終わり、そのまま針を上げずに、しばらく廻しっぱなしにしております。そしてB面へ。周回ノイズの、遠いさざ波。ライ・クーダーの弾くハワイアン・ギターに映えます。または音楽の休戦記念日。一分間の黙祷。戦争に反対するためのデモンストレイション。コレはあんまりですね。ごめんなさい。


最近出たアルバムも、音がニュー・ウェイヴしていて、とてもいい感じでしたよ。さて久しぶりにYouTubeでライ・クーダーでも見ましょうか。曲は「グッドナイト・アイリーン」。


オリジナルは、レッドベリーという黒人フォーク・シンガー。古いフォーク・ソング。ピート・シーガー。ウィーヴァーズ。ヴァン・ダイク・パークスのピアノが素晴らしい。音楽のお盆休み。音楽の里帰り。
休みということで、いつもより早い更新でございます。おやすみなさい。
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2008年08月13日

水曜の朝、午前三時

遅ればせながら赤塚不二夫さんが亡くなりました。

子供の頃に好きだったアニメの中でも、「天才バカボン」の夕方の再放送はよく見てました。エンディングのこおろぎ’73の「元祖天才バカボンの春」という曲に、子供ながらになんとも形容しがたい寂しさにおそわれていたりしていましたっけ。「ひみつのアッコちゃん」の「すきすきソング」とかね。水森亜土なんですよね、たしか。

それと思い出したのは「おそ松くん」のリメイクではないファースト・シリーズのテーマ・ソングと、さらに劇中に使われていたと思われる、マイナー・キーのディキシーランドふうBGM。リアルタイムではないし何処で聴いたのかも記憶にないのですが、ずっと頭の中にインプットされていたのですね。
しかしどうせ子供の頃の記憶なんて曖昧なもの。頭の中で都合よくメロディやアレンジを書き変えているのだろうな、などと考えていますけど。カッコいいラテン・アレンジとなっています。いま。

二年前くらいに買った『赤塚不二夫のまんがNo.1シングルズ・スペシャル・エディション 』。赤塚不二夫さんが1972年から1973年にかけて出していた「まんがNo.1」の付録ソノシートのCD復刻盤。
ブックレットも豪華で、山上たつひこ、藤子不二雄A、谷岡ヤスジ、日野日出志、湯村輝彦、佐伯俊男の作品がズラリ。ロゴデザインは横尾忠則、序文はタモリ。熱心なファンなわけでもないのに、その豪華さにヤラレてつい買ってしまいましたが。それと三上寛と井上陽水の曲が収録されていたからか。


赤塚先生のご冥福をお祈りします。

ついさっきまで、本当に久しぶりに会社の連中と飲んで帰ってきました。そしてレコードを聴いていました。サイモンとガーファンクルの『水曜の朝、午前三時』という有名なタイトルのアルバム。
このアルバムでの彼等は、まだ完全にフォーク・グループ、だったのですね。エヴァリー・ブラザーズにちょっと影響を受けた、フォーク・デュオ。それが『サウンド・オブ・サイレンス』そして『パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム』と、次第にフォーク・ロックのグループへ、そしてアルバム・アーティストへ、さらには時代を象徴する存在へ、と変貌していく、そんな三枚のアルバムを続けて聴くのはやはり面白いです。

毎日、いろいろな音楽を聴いています。仕事を離れてリラックスするときも、やっぱり音楽を聴く。好きな音楽、好きじゃない音楽がある。こんなの知らなくても、聴かなくても生きていける、とも思う。そしてさっきまでカラオケでミスチルやらT-BOLANやらを熱唱してしまうオレ。mihimaruなんとかとかモー娘をいっしょに大合唱してしまうオレ。そして音楽のことを考える。コレってタフなことですかね。

戦争が起きたら、まっさきに切り捨てられるのは、たとえば音楽。そういうと、いや、人は苦しいときにこそ、心の潤いが欲しくなる、という意見もあります。でも、忙しくなったり、結婚したり、子供が出来たりすると、いつの間にか忘れられてしまうのも、たとえば音楽かな、と思います。忘れるから、忘れないようにレコードを買うのかな、オレは。

音楽なんて、ゼイタク品だし、無駄なもの。そんなコトは確認するまでもない、大前提だと思ってました。だから音楽のコトばかり考えてる彼やオレは、人生を無駄なことに懸けているわけです。それってカッコいい、って誰か言ってくれないかな。

こんなに「音楽が人生に大切なモノ」、「ノー・ミュージックじゃノー・ライフだよ」なんて喧伝されているこの時代はオカシイです。それって嘘だよ、って誰かが言うべきです。自分にとって音楽は、本当にかけがえのない人生の宝物、と思っている人ほど、誰もが耳にイアフォンを突っ込んでお手軽に消費しているこの時代を呪っているハズです。

音楽に振り回されるのを、情報に振り回されるのを、誰かの意見に振り回されるのを、この夏は一度、止めてみたい。一休さん、ですかね。きょう聴かなきゃ時代に取り残されちゃう、そんな音楽を、あえて、きょう聴かないゼイタク。その時間、やっぱり音楽のことを考えるのでもいいし、人生のこと、彼女の言いたかったことを考えるのでもいい。誰かに、いま、何を聴いてるの? って訊かれたら、「サウンド・オブ・サイレンス」だよ、と答えるワケです。こんどは寂聴さん。大喜利だな、これじゃ。

しかし本当にくだらない文章だな。異論反論誹謗中傷上等大歓迎。みなさん、よい休日を。
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2008年08月05日

楽園のDoor

パラダイス、楽園というものが、ボクにはちょっと想像がつかない。

例えば、むかしからよく行く中華料理屋さんがあって、友人たちと大勢で行くときは、それこそありとあらゆる料理を注文して食べ散らかすのだが、ひとりで行くとそう多くは食べられない。

そしてその店にひとりで行くのは、たいていほとんど客のいない平日の午後三時頃だとする。ふつうの店なら準備中の看板を掲げてしまう時間だが、その店は開いていて、「いいですか」と訊ねると、中国人のおばさんが「アイ」とかなんとか呑気に答えてくれる。

広くもなく、かといって狭くもない店の奥の大きなテーブルでは、たぶんみんな中国の人であろう従業員たちが、遅い昼食を食べている。とりあえず自分は、西陽の入ってくる窓際の席に腰をおろす。
先のおばさんが、冷たいお茶とメニューをテーブルに置いていく。

ひとりで来たときに頼むものは決まっているから、メニューなど読まなくてもよいのだが、いちおう目を通す。頼むのはビールと餃子。青菜とガツ炒め。そしてもうひとつ、卵のスープと御飯。
卵スープに白い御飯を少しづつ入れて、雑炊のようにして食べるのだ。下品な食べ方?これがすごく美味しいのだから仕方がない。

注文を訊いてくる店員は、若い女の子には違いはないのだが、彼女はまったく顔色を変えないので、それどころか、ちゃんと注文が通じてるのかも心もとない。そして彼女はすぐ奥へ引っ込んでしまう。

今度は若い男の店員がやってきてビールを置いていく。店の人たちは誰もが白いシャツを着ている。ちょうどその日はボクも白いシャツを着ていて、何だかホッとする。

その店には音楽もなければ、スポーツ新聞もテレビもないので、手ぶらできた日は料理がくるまでただ待たなければならない。今日は西陽が強くて少し暑い夏の日。ビールがとても冷たくて、小さなコップでたて続けに二杯、飲んでしまった。

やがて店員が、注文した料理をいっぺんに運んでくる。
そしてさっきの卵スープに白い御飯。御飯はすぐになくなってしまうのでお替わりを頼む。また「アイ」とだけ答えて彼女は奥へ。

何のことを書いているんだかさっぱりわからなくなってしまったが、ボクの頭の中で想像できるパラダイスというものは、せいぜいこの程度のものでしかない、ということ。

今日の伝説の名盤。

アントニオ猪木『燃える闘魂』。猪木の語りと試合の実況録音が永遠に続く恐怖の二枚組LP。
倍賞美津子やナベサダの妙なトーク、さらに「朗読・ジョニー大倉、作曲・クニ河内」というヤバすぎて謎すぎるトラックも堂々と収録。

お目当てであった猪木の入場テーマ曲「炎のファイター・INOKI BON-BA-YE」が収録されていないという衝撃の事実が買った直後に判明し、泣いた。
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2008年07月12日

ウィークエンド

いま聴いている音楽。

ジュン・スカイ・ウォーカーズの『ひとつ抱きしめて』。ボクが一番最初に買った邦楽のCD。手放してしまってもう随分経つけれど、たまたまレコードを発見してしまった。五百円也。

中学三年から高校に入学してからの一年間、たぶんジュンスカしか聴いてなかったよなあ。そのぐらいジュンスカに夢中だったなあ。森純太に憧れて買った最初のエレキ・ギターは黒のレスポール・カスタム・モデル。ギブソンならぬ、トムソン。三万円くらいだったなあ、たしか。アンプやエフェクターの存在を知らなくて、しばらくは親父のカラオケにつないで弾いてたっけなあ。もちろん思ったとおりの音なんて出るわけもなく。唯一のエフェクトは、マイク・エコー。わかります?

このアルバムの一曲目「明日が来なくても」。この曲でボクははじめてDメジャー・セヴンスというコードを知った。青春デンデケデケデケ。

『ROCK A SHACKA 』というコンピレイション・アルバム。大阪のとあるレコード・ショップの監修で何年か前にリリースされた、レゲエやスカを中心とした旧音源の編集盤のシリーズ。ここに紹介するのはエゴ・ラッピンの森雅樹氏の選曲によるものだ。

50年代のリズム&ブルース、カリプソ、ロックンロール初期の、白人のインストバンド、ジャズ、吾妻光良にドリス・トロイに江利チエミ。どれもザラザラした音。いわゆるハイファイの音とは程遠い。踊る、というよりは、ゆったりと体を揺らすのがふさわしいような音楽。たまらなく魅力的な空気。何よりアルコールが進む。素晴らしい選曲。

そして、このアルバムのいちばん終わりに収められたニーナ・シモンの歌がいい。
「トゥモロウ・イズ・マイ・ターン」という、含むところの多い題名を持つこの曲。彼女の独特の哀しい声で歌われると、なんだか永遠に明日という日は来ないかのようだ。

このコンピレイションのこの歌を聴いて、ボクはいま中途半端なニーナ・シモンのレコード・コレクションを改めて聴き返しているところだ。

posted by harvest at 23:50| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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